7月16日に投稿したなう

アスカさんの投稿したなう

宗教と言うのは究極的には、死について考える教えである気がする。7/1616:34

でもこの数千年間、うまくいったためしがない7/1616:34

哲学は最終的には、存在論に行きつくような気がする。つまり世界とは何か、何があるのか、何かがあるとはどういうことなのか等7/1616:35

何かがあるのではなく、何かがあると感じる、人間側に問題があるように感じる。つまり哲学は世界を知るではなく、人間を知る学問に行きつく7/1616:36

宗教とは何か、は宗教側からは語られることが全くなかった。でも哲学とは何か、は哲学側でいまだに討議されて結論が出ていない気がする7/1616:37

つまるところ哲学をすると言うことは、こうだ。何かを知ることではなく、何が解らないか、何が知り得ないのかを導き出すと言う事。哲学もそれに同じ7/1616:38

あと、分析哲学による言語論的転回以降の、哲学が論じるべきことは、この世界には因果律は無いと言うことだ。それはたまたま偶然起こる、原因があって結果が一律対応してて起こるのではない。7/1616:40

仮想現実を作るとする。2次元の中で擬似的に的な世界をコンピュータ内で作る。そんな場合エンジニアはどうするだろうか。運命論的に何もかもが、プログラムで決定されたものとして作るだろうか。7/1616:43

全てエンジニアが決めた通りにシナリオが進行するだけの仮想世界、そんなのつまらないではないか。見てる側からしたら、予想外のトラブルが予想通り起こってくれた方が楽しい。7/1616:44

つまり、ライフゲームに似てると。ある程度までのブレは予測できるが、実際の歴史の展開は中の偶然に委ねられる。この世界の成立と似ているとは思わないか。つまりこの世界はただのゲームなのだろ7/1616:45

ミク吉が言うべきことをこちらで書いてしまおう、じゃまくさいし。人は台風とか土砂崩れとかたつまきみたいな被害は最小評価するくせに、こと地震やら放射能のことについては、過剰な反応をきたす。これは某によるマインドコントロールの成果だろ7/1616:47

うちの母もテレビでちょっと日本のどこかで地震速報があって、震度1くらいのが報道されててもおおげさに騒ぎたてる。こちらに来ないかなどと心配をする。地震なんかはただ偶然だけで起こるんだから、予測は出来ないよと言ってもきかない7/1616:48

地震だけで死者はせいぜい2ケタにすぎないのがほとんど、こないだの大地震のほとんどは津波による死傷者、だからちょっとくらい揺れてもまず家もつぶれないし、逃げ遅れて死ぬこともないよと、いくら言い聞かせても聞かない7/1616:50

某福島のどこかの原子力発電所にしても、放射能漏れがあったそうだが、こないだの台風で3ケタばかり死傷者が出たように、放射能被害によって死傷者が出た、と言うニュースを私は聞いたことがない。それなのにおおげさに騒ぎ立てるのは?7/1616:51

ある程度までの津波対策ならいくらでも、原子力発電所近くの海岸沿いで実施できそうなものだ。原子力発電所自体の安全基準の確保なんかより、こちらの方が大きくはないか。あそこ以外の原子力発電所、どこもあんな被害は出さなかったのだし7/1616:54

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