夏の甲子園大会開会式で・・。

高校野球夏の甲子園大会が始まり、今開会式の入場行進の真っ最中です。いままであまり気にしたことはありませんでしたが、気付いてしまうとなんとも気持ちの悪い状況が入場行進で繰り広げられています

参加チームの選手たちの行進の仕方が、いかにも不自然で気持ち悪いのです。毎年こんなのでしたっけ???

その歩き方ですが、手はグーを握り、手の甲を上にして肘を伸ばしたまま90度くらいになるまで腕を振り上げます。その割に後ろへのふり幅は少ないので、何か機械仕掛けのロボットの動きのようで、滑稽というよりは気持ち悪ささえ感じます。

北朝鮮のパレードでのあの不思議な歩き方の行進に通じるものがあります。

ほとんどの高校がこの歩き方ですので、おそらく入場行進の練習(リハーサル)の時に高野連の指導があるのだと思います。

全国高校サッカーの開会式の自由な入場行進などに比べると、主催者からの押し付けの「統制」を感じます。

このあたり、やっぱり高野連の昔ながらの「全体主義」が美徳という体質が残っているのだと感じてしまいます。

時々、部員の不祥事や、学校での不祥事でせっかく代表権を勝ち取りながら連帯責任で「出場辞退」というのがありますが、あれなど不条理の極みです。

出場辞退を決定するのは選手達ではありません。自分の身が大切な大人たちが出場辞退を決定しているのもおかしな話です。

問題を起こした生徒だけが「出場禁止処分」で良いはずなのに。

自分の不祥事で母校が出場辞退に追い込まれた原因となった生徒の中にも、真面目に反省する者がいるでしょう。しかし、彼はこのことで生涯大きな負い目を持って生きなければなりません。周りからの非難の目にも長期間さらされるでしょう。

これは教育的にどうなのでしょう。

その原因となった問題行動だって、喧嘩による暴力事件や喫煙、飲酒などの非行が多いのですが、たった1回の不祥事で一生の負い目を背負わせてしまう。

恐ろしい事だと思います。

それを要求したり、推奨したりする高野連の体質はこの時代にはそぐわないと思います。

管理された統制よりも、もっと自由でのびのびとした高校生の姿を見たいと思います。

「野球」の時代はもう終わって良いのではないでしょうか?

「排球」も「篭球」も「蹴球」もとっくの昔に終わっているのです。

「野球」もそろそろ体質と共に「ベースボール」になってよいのではないでしょうか?